日本オラクル株式会社 シニアマネジャー
George and Shaun, Inc. Co-Founder / CEO 井上 憲
普及が進むサラリーマンの副業・兼業という働き方
2018年1月、厚生労働省が「副業・兼業の促進に関するガイドライン」をまとめたほか、同省が示していた「モデル就業規則」から副業禁止の規定を削除、世に言う「副業解禁」がスタートした。
この動きを受け、企業の副業推進ムードが高まる昨今。しかしながら、労働時間やナレッジの流出など本業への影響を懸念する向きもあり、副業・兼業が浸透しているというにはほど遠い状況だ。
そんな中、世間より早い2008年から、所定の手続きによって許可を得た者の副業・兼業を認めているのが日本オラクル株式会社(以下、日本オラクル)である。現在までに、およそ200名の副業・兼業申請が許可されているという。
その制度を活用するひとりが、今回インタビューした井上 憲さんだ。彼は日本オラクルで正社員として働きながら、自身でジョージ・アンド・ショーン株式会社(以下、G&S)を立ち上げ、起業家としても活躍している。
会社員兼起業家誕生のきっかけ
「趣味は仕事」と語る井上さんだが、以前から起業家への道を志していたわけではない。
大学で機械学習や応用科学を学んだのち、新卒で日本オラクルへ入社。以降、事業開発に携わる中で「的を見つける」力を身につけてきたと話す彼が、自らの会社を立ち上げるトリガーとなったのは、祖母の認知症発症だった。
「祖母の徘徊をきっかけに、見守り機能のある他社の製品を使っていたのですが、サイズが大きく、毎日充電が必要でとても使いづらいものでした」
海外には優れたものがあると知っていた井上さんはそれを取り寄せ、個人的に地域プロジェクトとしてスタートしたのが、およそ4年半前のこと。
「プロジェクトを進めていくうち、こういうプロダクトがあったほうがいいという確信に変わりました」
そして2016年、G&Sを設立。そのプロダクトである、見守り・紛失防止タグ『biblle(ビブル)』は、2018年度にグッドデザイン賞を受賞した。

「お金を稼ぎたいということより、社会課題の解決が目的でした。こういった理由での起業は、同世代の社長に共通するマインドかもしれませんね。人生を終えるとき、家族や周囲の人にこれをやってきたと誇れるものを目指していきたい」と話す。
大企業では洗練された技術を学び、スキルアップすることはできるものの、手に入れたスキルをどこへ向けていけばいいのかわからないと悩む人もいる。それを打破するきっかけは、実は身近なところにあるのかもしれない。
「理解ある上司に恵まれたからこそ、実現できたところも大きいと思います。こんなことをやりたいと話したところ、背中を押してくれました。コンサバティブな相手だったら、無理だったかもしれません。また、日本オラクルの企業体力というか、余裕も大いに関係ある。いい会社なのだと思います」
「兼業起業」は日本にフィットした起業スタイル
社会課題の解決を軸にビジネスを考えた場合、短期的な利益にしづらいところもあるだろう。日銭を稼ぐ必要のあるベンチャー企業にとって、中長期的な目線で経営を考えるのは困難なことも多い。
ここで、「兼業」の旨みが活きてくる。
「会社員としての稼ぎで生活を安定させながら、余った時間の中で新しい価値に取り組むことができます。このスタイルが、今の私たちに合っていると思っています」
副業・兼業に足踏みしている企業は少なくないが、専門スキルやノウハウを持つ人が多く、個々の技術も洗練されている日本において、兼業は多くの企業にフィットするものだと、井上さんは考えている。
「かつてソニーが『ウォークマン』を売り出した際、そのライフスタイルまで提案し、世に広めましたよね。方々の洗練された技術を集め、それをサービスとして昇華させ、新しい価値を作り出した。今の時代でそれをやるために、兼業はとてもはまりがいい方法だと思っています」
「新たに力を発揮する場としても適していると思います。そういう場が増えるのはいいこと」と、本業でモヤモヤしている人にとっても、兼業はメリットがあると語る。

ワークワークバランス
兼業には多方にメリットがあると理解できたが、その実情はいかなるものなのか。
井上さんに会社員と起業家とのバランスをどう取っているのか尋ねてみると、現在の稼働量は「起業家としてが8割」だという。
「当初は、会社員と起業家で7:3程度。会社員として夜6時まで働き、残った時間を自身の会社にあてていました。今では、個人での仕事が日本オラクルにとってもメリットになると理解してもらっているので、時間の使い方も自由になりました」
徐々にこのスタイルへと移行した彼は「チームで動く必要がなく、恵まれていたから」と言うが、兼業することで日本オラクルにも返せるものがないと意味がないと考え、それを体現しているからこそ、認められているところも大きいのだろう。
「オラクルの社員だから会える人、起業家だから会える人は異なります。G&Sの井上として話を聞く場合にも、裏側は日本オラクルと一緒にやるのがいいと思えば、利益相反にならないようにした上で日本オラクルの収益へと繋げる提案もしています」
プロダクトだけで売れる時代でなく、人材も含めて売りにいかなければならない現在。そういった意味でも、彼のような突出した人材は日本オラクルにとっても価値あるものだ。

兼業だからこそ試される、会社員としてのプロフェッショナルマインド
日本オラクルでは、デジタルトランスフォーメーション部に所属している井上さん。顧客のデジタル支援のための企画立案から社内リソースを使ったPoC実施までを担当するほか、日本オラクルが幹事を務めるコンソーシアムの窓口業務も務める。
「評価基準は、他の正社員と同様。クライアントと実施するPoCの数も決まっています」
このため、給料が減ることはないというメリットはありながらも、彼はそれを上回るプレッシャーを感じてもいる。
「会社員としての仕事をおろそかにしていると周囲に思われないためには、アウトプットで認めてもらうほかない。専業会社員時代に出していたアウトプットの1.2倍、1.5倍と、より大きな成果を出していかないと容赦してもらえません」
限られた時間の中で、いかに大きなアウトプットを出すか。兼業という働き方を選択する上で、考えなければならない最も重要なことのひとつである。また、成果を出していても、周りにどう見えているかは常に頭を悩ませるという。
「忙しくてレスが遅くなってしまったり、打合せ日程を自分基準で合わせてもらったり、どうしても迷惑をかけている部分はあります。そのたびに申し訳ないと思っています」

それでも兼業を続ける理由
「ESBIでいえば、Employeeであり、Business Ownerでもある。兼業していると、この2面を取ることができるんです」これが大きなメリットだと話す。

「『G&Sの井上です』と言ってもわかってもらえなくても、日本オラクルのブランドが効くんです。こういうプロファイルなのだろうとある程度理解してもらえてコミュニケーションが容易になり、すぐに本題に入ることができる。コネクションや信用を取れるというのは、やはりありがたいことです。
また、先ほども述べたように会社員としての稼ぎで生活が安定している分、中長期のプラットフォームを作っていくようなビジネスにもトライしやすい。中長期的戦略でしか作れないものは参入障壁が高いため、結果として競争力にもなります」
ただし、この方法のデメリットは「時間」である。
「本当に時間がないので、ベンチャーは絞り込んでやるしかない。それでも、やりたいこともやるべきことも次から次へと湧き続けます。大変ですが、死ぬ気でやるしかないですよね」と笑う。

まずは、目の前のことを全力で楽しもう
彼の話が、特別なものに聞こえる人も多いだろう。
井上さん自身も、「日本オラクル社内にも悩んでいる若手はいますが、私のことを別枠だと感じているようです」と嘆く。その一方で、きちんと向き合って相談にのった若手が転職していってしまう経験もあるという。
「ここでは無理だと、文句を言っているうちは何も変わらない。まずは、目の前のことを全力でエンジョイできるかどうかにかかっていると思うんです」
また、「楽しんでいる人を見ていれば、それを目指したくなる」というのが、彼の理論である。
日本オラクルの場合、これまでは講演やインストラクターとして副業・兼業を行う人が圧倒的多数で、このレベルで兼業をしているのは彼以外にいなかったそうだが、最近では彼同様に起業するタイプの若手も出てきたという。
「面白いですよね。もっと増えたらいい。そうやって楽しんでいる人を見て、それを真似よう、目指そうとなる若手が、どんどんと次に続いていけばいいと思います」
副業・兼業が活発化し、会社員と起業家の二足のわらじスタイルが一般的になった未来では、自身のキャリアにモヤモヤと悩む人は減っているのかもしれない。この話を読んでいるモヤモヤを抱えたあなたには、まず一歩踏み出してほしい。