キャリア形成には「コールオプションの買い取引」が超重要だった件

今回は、定番のネタ「大企業とベンチャー、どちらがいいのか?」について、キャリア形成におけるリスクとリターンの関係と、キャリアの選択権の重要性を踏まえ、筆者の考えを書きました。

はじめに

今も10年後も同じ仕事をやっているんだろうな…下手すりゃAIに取って代わられる。(大手メーカー総合職6年目の友人のぼやき)

トヨタ社長の「終身雇用消滅」宣言、将来安泰だったメガバンクなどで進む「人員削減」などがニュースを賑わす昨今、今後のキャリアに不安を抱える大企業社員の方は実に多い。

とはいえ、突如大企業が倒産したり雇用がなくなる可能性は極めて低いため、変わらず大企業で働き続けることを選択する人が大多数である。

その一方で、早々に大企業に見切りをつけ、成長市場のスタートアップやベンチャーに転職したり、起業したりする人もわずかながら存在する。

一体、両者の意思決定の違いはなぜ生まれるのか?

「大企業は安定志向」「スタートアップ・ベンチャーはリスク志向」と一般的に言われるが、果たして、大企業からスタートアップに転職した人は本当にリスクを抱えているのか?

今回は、リスク(不確実性)の扱いに長けた金融業界の「オプション取引」を用いながら、キャリア選択におけるリスクの考え方についてまとめてみた。

結論

成熟市場の大企業で働くことは、下落基調の相場でプットオプションの売り取引を行っていることと酷似している。つまり、ダウンサイドリスクを抱える代わりに割の良い報酬を受け取っている状態であり、”安定志向”という言葉はそぐわない。

一方、成長市場のベンチャーで働くことは、上昇基調の相場でコールオプションの買い取引を行っていることと酷似している。つまり、コストを限定的に支払ってアップサイドを狙っている状態であり、”リスク志向(危険を冒す)”という言葉はそぐわない。

前提となる知識

オプション取引とは

ファイナンスの世界では、オプションは、現在取り決められる一定の条件で将来取引できる機会を意味する。

コーポレートファイナンス 第10版 (下)

ある特定の資産(原資産)を特定の期間ないしは特定時点に所定の価格(権利行使価格)で売買する権利を示す証書を売買する取引がオプション取引である。

証券投資論 第3版

オプション取引の目的は、原資産の価格変動を利用して収益を狙ったり、価格変動リスクをヘッジする(損益を確定する)ものである。

オプション取引には、一定の価格で買う(コールオプション) / 売る(プットオプション)2種類の権利があり、その権利を買う / 売るの2つの立場があるため、計4つに分類される。

スタートアップ業界の方にはお馴染みのSO (Stock Option) は、オプション取引のひとつ。比較的安価で自社株を買う権利を、社員が会社から買う取引(実際は会社が無償で付与)であり、社員からみるとコールオプションの買い取引に該当する。

またオプション取引では、権利を買う側はオプション料金(プレミアムという)を売る側に払う。

例えば、保険商品はプットオプション取引の代表例であり、保険会社はダウンサイドリスク(有事の際の保険金払い)を抱える代わりに、プレミアム(保険料)を受け取ることで安定的な収益を上げている。

要するに、権利を買う側は限定的なコストでアップサイド(低確率で大きな利益)を狙うことができる一方、権利を売る側はダウンサイド(低確率で起こる大損失)を抱える代わりにプレミアムで確実に収益を上げる、という関係が成り立っている。

さて、このオプション取引とキャリア形成が何の関係があるのか?順番に説明する。

スタートアップ・ベンチャーへ転職する人は本当にリスク志向なのか?

会社の同期がブロックチェーン技術を開発するスタートアップに転職した。従業員はまだ20名足らずで、年収は2割減らしい。リスクを取ってチャレンジするのはかっこいいし憧れるけれど、家庭があり子供もいる自分にはそんな危険な賭けはできない。(総合商社勤務30歳ビジネスパーソンのぼやき)

同期は、本当に危険な賭けをしたのか?

筆者の答えは【NO】である。

「危険な賭け」の意味が、ダウンサイドリスクを意味するのであれば、同期はリスクを抱えていない。

同期は、多少の年収減を受け入れる(限定的なコストを支払う)代わりに、将来高値になる可能性を秘めた成長市場でキャリアを形成する権利を買ったのだ。これはまさに「コールオプションの買い取引」である。

同期のとったリスクはアップサイド(市場価値の上昇)のリスクであり、ダウンサイドは金額確定済みのプレミアム(年収減)でありリスクはない。

果たして本当にダウンサイドのリスクはないのか?想定される失敗ケースとダウンサイドを考えてみる。

①業界や転職先が合わないケース
キャリアチェンジで最も起こりやすい。3〜6ヶ月で順応できなければ自他ともに”合わなかった”と判断できる。その時点であれば同業他社含めて出戻りできる可能性は極めて高く、出戻り時の年収減も限定的であるため、ダウンサイドリスクはゼロに等しい。

「出戻り社員」熱烈歓迎 再雇用制度を整備、即戦力に  :日本経済新聞
起業や出産・育児で離れた社員の「出戻り」を促す動きが活発になっている。以前は一般の中途採用と同様の扱いだったが、すかいらーくなど受け入れ制度を整える企業が相次ぐ。出戻り社員は仕事内容や社内事情を熟知

②転職先が潰れるケース
転職先に順応し活躍するも、転職先自体が潰れてしまう可能性はたしかにある。
しかしながら、成長市場全体でみれば即戦力人材に対する引く手は数多あるため、ダウンサイドリスクはなく、再転職によって引き続きアップサイドを狙うことができる。

③市場が成長しないケース
市場が成長しなければ、培った専門性を高く売れることはできない。
しかしながら、未知の領域でチャレンジした「経験」の希少価値は極めて高く、次の成長市場で必ず活かせるため、再転職によって引き続きアップサイドを狙うことができる。

以上のことから、本人が意識しているかどうかはさておき、同期は一見すると危険な橋を渡ったように見えるが、実は「限定的なコストを払うだけで、新たなキャリア形成の機会を得て、将来的なアップサイドを狙う」合理的な行動だったことがわかる。

ただし、ここで1点だけ注意すべきことがある。

それは【プレミアムの払いすぎ】問題である。アップサイドを狙えるといっても、労働者という立場での報酬には現実的に上限はあるため、あまりに年収を下げすぎる(プレミアムを払いすぎる)と、将来の収入では補いきれない。

これは【期待値が1を下回る】取引であり、本質的には【宝くじを買う】のと同じ行動であり、合理的に考えて避けたほうがよい取引である。

大企業で働き続ける人は本当に安定志向なのか?

さて、同期の行動に焦燥感を感じるも動けない“自分”は、果たして本当に安定志向なのか?

筆者の答えは【NO】である。

自分は、割の良い報酬(市場価格にプレミアムを上乗せ)をもらう代わりに、突如職がなくなったり大幅な年収減に陥るリスクを抱えている。これはまさに「プットオプションの売り取引」である。自分が取っているリスクはダウンサイド(市場価値の下落)リスクであり、アップサイドのリスクは狙えない。

安定を志向しているつもりが、実はその安定は一時的なもので、知らぬ間にダウンサイドのリスクにさらされている。

3銀行大リストラ時代 3.2万人分業務削減へ  :日本経済新聞
みずほフィナンシャルグループ(FG)など3メガバンクが大規模な構造改革に乗り出す。デジタル技術による効率化などにより、単純合算で3.2万人分に上る業務量を減らす。日銀によるマイナス金利政策の長期化や
富士通・NEC、やまぬリストラ GAFAに後手  :日本経済新聞
国内のIT(情報技術)サービス大手のリストラが続いている。富士通とNECは今春までにそれぞれ約3千人がグループを去る。2000年代以降ハードウエアで中韓勢に押され、最近では米グーグルなどIT大手「G

「ダウンサイドリスクは現実になるのか?」
「成熟市場が本当に崩壊するのか?」
「市場は縮小するだろうが、定年まで逃げ切れるのではないか?」

それは誰にもわからない。

人生100年時代と言われて久しいが、日本の場合は少子高齢化に伴う社会保障負担増を背景に、定年の段階的な引き上げが今後も継続されることは必至である。仮に定年が75歳になったとすると、50歳の方でもまだキャリアの折り返し地点である。果たして、あなたは逃げ切れるのであろうか?

焦点:政府が70歳定年へ効果試算、75歳も視野 にじむ年金改革の思惑
政府のマクロ経済運営の基本方針を議論する経済財政諮問会議で、定年年齢を70歳まで引き上げた場合の経済効果に関する議論が始まった。就業者は217万人増、消費が4兆…
焦点:政府が70歳定年へ効果試算、75歳も視野 にじむ年金改革の思惑

人生は選択の繰り返し

今回は、成熟市場の大企業で働くことと、成長市場のスタートアップ・ベンチャーで働くことを、あえて二項対立的に記した。

成熟市場の大企業もすべからく成長市場への事業展開を図っているし、成長市場への進出に成功する企業も多い。大企業にいながら成長市場でのキャリア形成も不可能ではない。また大企業であれば、整った組織と仕組みの中で、割の良い給料をもらい、充実した福利厚生を受けることができる。長い人生において、ひとときの安定を求めるライフステージがあるのは自然なことだと思う。

それでも、筆者があえて大企業でのキャリア形成に対してネガティブな主張をしたのは「大企業では個人がキャリアの選択権を持つことが難しい」という点を危惧しているからだ。大企業の中で成長市場でのキャリアを望んだとしても、それが叶うかどうかは組織に委ねるしかない。

キャリアの選択権を自ら行使して、リスクを上手に扱いながら“自分らしく働く”ことが、人生100年時代を幸せに生き抜くための有効な手段だと筆者は考えている。

人生は選択である。選択にはリスクが伴う。

自覚的であれ無自覚的であれ、現時点で既にリスクのある選択を行っている事実を認識し、キャリアを主体的に選択していくことをおすすめしたい。

筆者紹介:赤堀 信(株式会社1ttan 代表)
総合コンサルティングファームに新卒入社し、約8年間総合商社などの大企業をクライアントに業務改革プロジェクトに従事。その後、上場直前のITベンチャーに転身し、事業責任者として新規事業の立ち上げから撤退までを経験。現在は「新しいワークスタイルを創造・支援する」ことを志し起業。