クラウドキャスト株式会社 代表取締役 星川 高志
新卒入社したDEC(現HP)を経て、マイクロソフトへ。エンジニアとしてキャリアを積み、30代前半で米国本社直属のSQLサーバー開発部門を統括。その後、青山大学大学院ビジネススクール (MBA) 在学中にクラウドキャストを創業。2011年に法人化。2015年、一般社団法人Fintech協会理事に就任。
大手企業を飛び出し、起業へ
「副業解禁」が叫ばれる昨今、働き方は多様化している。1社に縛られず、多面的なキャリア形成をする人、自身の理想を追求して起業という選択肢を取る人も増えてきた。
今回インタビューしたのは、外資系の大手IT企業でマネジメントまでを経験しながらその立場を離れ、起業した星川さん。
星川さんの経営するクラウドキャスト株式会社のドメインは、国内キャッシュレス決済。法人キャッシュレスを推進し、法人プリペイド等のカード決済とペイメント管理、経費精算を一体化したクラウドサービス「Staple (ステイプル)」を展開している。2019年8月24日号の週刊東洋経済「すごいベンチャー100」に有望ベンチャーとして掲載された、今注目の企業だ。

「マイノリティな選択をしてきたと思います」
DEC(現HP)やマイクロソフトといったITの大手企業の安定したポジションから飛び出し、起業に至るまでの「『寄り道』を経て今の姿があります」と語る、その背景に迫った。
人生の岐路となった2つの「寄り道」
「今までの人生で2度、寄り道を経験しています」
1度目の寄り道は、大学時代。長崎から上京した星川さんは、都内の大学で物理学を専攻。技術そのものより、人間や人間が作り出すプロセスへの興味が深かったという。
卒業後はすぐに就職することも視野に入れていたが、大学に入って人の輪が広がることに面白さを感じていたため、94年に1年休学しロンドンへの留学を選択。主目的は英語だったが、好きな音楽やファッションをはじめ、異文化の多様性に触れることも動機のひとつだった。
留学先では、友人の教えからインターネットとの出会いも果たした星川さん。留学で得た語学とITへの興味を満たす場所を探し、就職活動を行った。当時の人気就職先は、メーカーや通信といった国内大手企業群だったが、そういった選択肢でなく外資系IT企業への入社を決めたのは、この寄り道に起因しているという。
2度目の寄り道は、30代での青山学院大学の夜間MBAスクールへの入学だった。
エンジニアとして、新卒でDECへ入社。教育が手厚くITの基礎を叩き込まれたが、外資ながら海外へのチャンスは少なかったため当時成長著しかったマイクロソフトに先輩の紹介で転職。技術者として着実に経験を重ねた星川さんは、培ってきたエンジニアリングスキルと留学仕込みの語学が評価され、若くして開発チームのマネージャーに昇進。順調にキャリアを登っていった。

マイクロソフト米国本社直属のマネージャーポジションというと、同僚はMBAホルダーが当たり前のグローバルのマネージャー。マーケティングやファイナンスなど、自らのビジネススキルの不足を痛感。夜間のMBAスクールへの入学を決意した。
MBAスクールで自分より若い起業家など多様な人々とともに学ぶことで、モノづくりへの思いは触発された。この頃、ファイナンス関連サービスのアイデアを温め始め、転職やポジションチェンジでなく、起業を意識するようになったという。
しかし、当時はリーマンショック直後の2009年。外部環境は良くないためサラリーマンを続けるかモヤモヤが台頭し悩んだが、タイミングを近くして二人目の子どもの誕生、それ以前に父の死を経験したことで、独立の決意を固めた星川さん。
「父が65歳で他界しました。自分の人生もあと半分かもしれないと思うと、今持っているスキルを活かし、自分らしいことを追求したいと思いました」
「子どもが生まれて大変な時期に、よくチャレンジするね」と言われたことも多かったが、子どもが生まれた時期だったからこそ、自分の道を突き進む背中を見せていきたい思いもあったという。
小さな組織で開発はできるのか?仮説検証を行うべく、独立
当時のマイクロソフトでも、一部ヨーロッパや日本でソフトウェア開発し、中国でテストするなどしてグローバルで展開していたように、ソフトウェアの世界では大企業がグローバル規模でリソース調達し開発するのが主流だった。
しかし、インターネットの出現と、Apple社がiPhone OSのSDKを公開、アプリ配信用のAppストアができ、いよいよ個人でも開発/配信が可能になり、勝負ができるようになると感じた星川さん。
個人で開発し、かつ自己資本で実現できないかと、海外のエンジニアとのパートナーを組み、有料のファイナンス系アプリを制作。これが、世界でヒットし月数十万円の売上となる。小資本でグローバル規模での開発とアプリのグローバル配布を実現した。

喜びも束の間、無料アプリが市場を席巻し、星川さんの有料アプリのヒットは長く続かず、徐々に売上は減少していった。
そんな最中、国内会計ソフトウェア大手の弥生が開催した「弥生スマートフォンアプリコンテスト」へ応募を試みた星川さん。それまで開発していたアプリをコンシューマー向けからビジネス向けにピボットし、MBAでの経験を活かして、プロダクトだけでなくポジショニングマップやビジネスプランを添えたところ、グランプリを受賞。
これがきっかけとなって弥生と縁ができ、シードファイナンス出資とつながった。ここで、人を雇う決意をした。
たどり着いたビジョン、「Power to the Crowds」
社名は、クラウドキャスト。
「なぜ、限られた自分の時間を使って事業をやるのか」を考え、星川さんがたどり着いた思いは、インターネットを通じた個のエンパワーメントの実現。それが「Power to the Crowds」というビジョンに結びついた。クラウドには民衆/群衆=人間の意味を込めており、テクノロジーを使って人をエンパワーメントしたい、そんな思いを大好きなジョン・レノンの「Power to the People」に重ねた。
「業務アプリを開発していたんですが、企業に導入された場合、楽になるのはバックオフィスの数人、数十人だけなんです。主役であるはずの従業員、すなわちエンドユーザーを中心に見据え、利便性の良い、とにかく良いものを作りたいんです。」
星川さんは、さらなる非効率の解消とともに、より多くの人にとって便利なプロダクトを志向している。
金融の世界は裏側の仕組みがある程度できあがっており、ベンチャーとして入り込むのは得策ではないと判断し、経費精算などのフロントエンドに入ることを決めた。業務アプリだが、使いやすさを前提としたスマホファーストやデザイン性を追求している。直近は経費精算から、法人向けプリペイドカードなどへと領域を広げ、個人の立替が発生しない経費申請~精算の非効率解決を目指している。
「プロダクトは人が作り出すものであり、アート/クリエイティブに近い要素を多分に持っています。そのため、社員やチームの創造性を大切に開発しています。現在、メンバーは主に海外や元マイクロソフト社員から招集した20数名だが、決して大企業に負けません」と語る星川さんからは、「人間の創造性こそ大事」というスタンスが伝わってくる。
起業をめざす人へのアドバイス
「資金調達環境やコワーキングスペースなど、起業のしやすい制度や設備は整ってきています。とはいえ、誰でも起業したほうがいいというわけではありません。就職ランキングなどを気にするような、いわゆるランキング志向の人には向かないかもしれませんね。みんなが主流だと思うことから少しズラして考えられる人こそ、起業は向いていると思います。
好きな音楽のことに例えるならば、まだ有名ではないが、とにかくかっこいいとか、近い将来を予見して『これが流行りそう』と見定める感覚と、ビジネスの種を見極める感覚は少し似ている部分があると捉えています。ロンドン時代では、Oasisの1stアルバム発売前にいち早くコンサートに行ってました。その後彼らは、90年代のイギリスで国民的バンドになりました。」
起業したことで、トレンドやビジネスセンスが鋭い人が周囲に増え、日々感覚が磨かれていると実感している星川さん。2015年に立ち上げたFintech協会の仲間からも、依然刺激を受け続けているという。
「起業家は、自分で考えて自分で行動し続けなければなりません。大変なことも多いですが、僕らスタートアップはやりたいことに夢中で取り組んでおり、みんな目がキラキラしています。そんな人が周りを取り囲んでいる環境こそが、醍醐味ですね」
先頃、法人向けプリペイドカード「Stapleカード」の申し込み開始を発表したばかりのクラウドキャスト。テクノロジーとともに今まで培ったノウハウも活用し、電子マネーやペイロール市場の規制緩和を睨み、次なる展開も目論んでいるという。
「世の中の非効率にアプローチしていくことを楽しみながらやっていきたい」星川さんは目を輝かせてこう語った。

編集後記
「2度の寄り道」と聞いていたが、イギリス生活、夜間MBAそれぞれ今につながる重要な変曲点でありまさにジョブズのいう「Connecting the dots」だと感じた。
ついつい日常が忙しいと余裕を失いがちだ。一見無駄に見える寄り道(余白)に対し、勇気をもって飛び込み、楽しみながら創造性を育んできた星川さんの生き方を見ると、人生の1年や2年の寄り道にこそ、自分の幅を広げる機会なのだと思えてくる。
星川さんは、世の中に対する純粋な好奇心で行動し、その結果として出会う偶発性/多様性への受容性が高く、新たな視点から一歩を踏み出せるタイプの人だ。しかし根底には、人に対する強い興味や、人 の作り出すクリエイティビティを何よりも理解しようとする姿勢があり、それが印象的だった。
大手企業で専門性/マネジメント身に付けつつもキャリアの違和感に対して向き合い、行動するバイタリティは、不確実性の高い現代におけるスタンスとして見本になるかもしれない。