10年待つか、今すぐ飛び込むか 自分のキャリアは自分で決めよう

ラクスル株式会社
ラクスル事業本部インキュベーション事業部 部長 高城雄大

大手企業とベンチャー企業、どちらがいいのか

キャリアに悩む人がぶつかりがちなのが、この問いである。

昨今では、大手企業のキャリアを手放し、新興ベンチャーへ転身して活躍するビジネスパーソンも少なくない。ラクスル株式会社(以下、ラクスル)でラクスル事業本部インキュベーション事業部 部長を務める高城雄大さんも、そのひとりである。

彼が大手通信会社、総合コンサルでのキャリアを経て、”BizDev(事業家)集団”スタートアップに入社したきっかけ、これまでの経験やキャリアへの考え方などを伺った。

ぼんやりと描いたキャリアビジョンの輪郭

現在、ラクスルでインキュベーション事業部の部長として印刷に関連する新規事業を牽引している高城さんだが、新卒入社当初からしっかりとしたキャリアビジョンを持ち、ここまで来たのだろうか。

「いつかは事業家になりたいという夢がありました。とはいえ、キャリアビジョンと言えるほどではなく、あくまで輪郭のようなものでした。面白いことをしたい、事業をやったらかっこいいだろう……そんなところからスタートしています」

そんな高城さん、新卒の就職活動スタートの時点では戦略コンサルを志望していたという。

「自分で事業を興すには、まずしっかりビジネスの“型”を知りたいと考えたためです。短い期間でインプットからアウトプットまでを繰り返すことができ、さまざまな事業モデルに触れることができると思いました」

しかし彼が選択したのは、NTTコミュニケーションズでのファーストキャリアだった。

「当時、企業として海外での売上比率を上げていこうとしていた時期でした。若手を幹部候補としてチャレンジの場を与えるなど、大企業が変わろうとしていたタイミングだったことが魅力的でした」

キャリアの基盤を作った大手企業での経験

「自分のキャリアの基盤を作ってくれたのは、間違いなくNTTコミュニケーションズでの経験」と語る高城さん。新卒で入社して以降3年間、大企業の豊富なアセットを使ってこそ可能な多くの経験を積んだという。

彼の最初の配属先は、当時新卒配属実績のなかった新潟支店。

「想定外の配属先で驚きましたが、米国MBAから帰国した直後の支店長をはじめ、東京で活躍してきたスーパーセールスなどが集まったトップレベルのチームがそこにはありました」

そこで顧客のことを考え抜き、実行し抜く顧客思考とプロ意識、そしてITインフラの知識を叩き込まれた後、インドのチェンナイ駐在のチャンスを得た。数億規模のITインフラ構築プロジェクトを営業やPMまでひとりで回し、事業をつくるという濃厚な体験をした。

「インドではクライアントの現地法人社長や工場長など、キャリアも年齢も数段上の外部の方たちとのやりとりが多かったのですが、経営の視座がある彼らとの日々は本当に学びがありました」

早く、この人たちと同じ視座を得たい——インドでの経験が、彼を開眼させた。

自分のキャリアは、自分で決めたい

インド駐在から帰国した高城さんに通知された内示は、輝かしいものだったはずである。しかし、ここで彼は立ち止まった。

「この会社にいた場合、インドで出会った尊敬すべき人たちと同じような立場になるのは40代になる頃。最短でも、せいぜい30代後半です。10年も待つなんてもどかしい」そう感じたという。

このままここにいたら、君ならきっと良いポジションまで上がれるはずだ……人事担当者からはそんな言葉もあったが、あくまでも冷静な高城さん。

「そう言ってくれた人が、3年後、5年後も人事にいるとは限りません。しかも、会社に留まった場合、ローテーションでの部署異動が当たり前になっていたこともあり、自分の学びを自分で選択することが難しいのではないかと思えたんです」

また、インド駐在中にともに働いた現地人メンバーを「彼らこそ、“自分の人生を生きている”と感じた」と話す高城さん。給与水準や生活環境では日本の方が何倍も良く、彼らもそれぞれの苦労はある。

その中で、何よりも家族を大事にしながら、より良い生活、キャリアアップを目指してストイックに仕事に向き合い、夜は大学院に通っている人もいた。たまに彼らがマイペース過ぎて不安になることもあったが、日々職場は笑顔に溢れ、彼らの顔は自信に満ち、とても幸せそうに見え、自分もそうありたいと思ったという。

外的要因に自分の人生を委ねず、自らの手でキャリアを選択したい。そんな思いから、彼は大手企業でのキャリアを早々に手放し、コンサルへと転向した。

カードを切れる期間は短い

キャリアチェンジのカードを切れる期間は、実はそれほど長くないのではないか。高城さんは、そう語る。

「入社から3〜5年経てば、自分が何が好きで何が嫌いかわかってくると思うんです。僕の場合はそこが最も良いタイミングでした。それを過ぎると、身動きが取りにくなってしまったと思います」

自分の気持ちを確かめるためのアクションとして、幅を広げるために総合コンサルPwCへ転職した高城さん。外資系の製造業をメインに、事業再編や統合に伴うプロジェクトのマネジメントなどを経験し、スキルやフレームワークを用いた思考、ロジカルシンキングなどのスキルを磨いた。

「新卒当時考えていたように、短い期間でのアウトプットを繰り返すのは本当に良い経験でした。ただ、コンサルの場合、最終的な判断をして実行するのはクライアントです。そのクライアントとの関わり方ではあくまで自分はアウトサイダー。痛みを伴う抜本的な変化を起こしていくことは難しいと感じました。」

ここでの経験が高城さんのキャリアビジョンを明確なものにし、「やはり、事業がやりたい」という思いに突き動かされ再び行動を起こした。

ラクスルを選んだ理由は

そして、選んだのがラクスルである。

経営陣の前でプレゼンテーションをする、『ワークサンプルテスト』というラクスル独自の採用選考での一件が、高城さんに入社を決意させることとなった。

「このテストの初回被験者として事業企画プレゼンを行ったんですが、スライド3枚目でCEOの松本が『採用!』と叫んだんです。2次面接にあたるものだったので、まだ面接が残っているというのに(笑)。今でこそ笑い話ですが、当時はベンチャー感あるこの雰囲気が面白そうだと感じました」

別の大手企業からも新規事業開発職のオファーもあったというが、「勇気はいりましたよ。でも、面白そうだという気持ちが優りました。普通は大手を選ぶんでしょうが、私は少し天邪鬼なところがあるんです」と笑う。

「私は自分より優秀な人がいることを知っています。新卒入社もそうですが、あえてメジャー路線でなく、人が選ばなさそうな場所を選んだんです。それに自分で良くしていける可能性が高い不確実性に飛び込むことに対して、心からワクワクしましたし、そこから多くのことを学べ、それを楽しめると感じました」

テクノロジーに明るいという強みと、事業を作りたいという気持ち。その両立は、スピード感があり、変化に柔軟なベンチャー企業でこそ実現できるかもしれないと思ったという。また、レガシーな産業をテクノロジーの力で変えていくチャレンジであったことも、高城さんの経験が活きる結果へと繋がった。

彼の謙虚さと自己分析力があってこそ、選択できた挑戦だったのである。

転職だけが正解ではない

「選択肢を知らないまま、誰かに一方的に自分のキャリアを決められてしまうことが最もリスクです。選択肢を知ったうえで、辞めないと決めたなら、今の仕事により深くコミットできるはず。少しでも早く、自分のキャリアの選択基準を知り、自分で選択していくことが大切だと思います。選択基準というとお堅いですが、自分が何にワクワクするか、といったくらいできっと大丈夫です」

辞めることこそ正解というわけでなく、辞めないで留まると決める選択肢の有用性も等しく語ってくれた高城さん。

彼に限らずとも、「自分の好き嫌いを知り、自分を外から見て理解すること」が、キャリアに変化を与えてくれるかもしれない。

「ある日、人生を変えるようなカリスマに出会う人ばかりではないと思います。私もやっていますが、ノートに思いを書き出したり、自分を客観視して気づけることは多い。繰り返しのルーティーンに違和感がある人は、ふらっと知らない世界を覗きにいくだけでもいいんです。モヤモヤしているならば、大きく動くのではなくても良いので、とにかく一歩を踏み出してみると良いのではないでしょうか」

時折、新卒時代の同僚と会い、互いの経験を共有し合うことで、自分が歩まなかった人生の選択肢を知るようにしているという高城さん。

「もし自分が前職に留まっていたとすると、彼らのようなキャリアを送ることができたかどうかかはわかりません。ただ、社会人人生の終わりを迎えるとき、自分が手掛けた事業が世の中にいくつも存在し、実際に多くの人の役に立っているか。これが事業作りをずっと続けたい私にとって重要なことですね」 

自身の幸せを見つけ、邁進する高城さん。今後の活躍にさらなる期待が高まる。

筆者紹介:末松早貴
正社員、非正規社員、兼業正社員それぞれを経験したのち、フリーランスに。新しい働き方の研究に熱中し、モヤール編集部に参画。